2007年08月07日

羊屋白玉演劇大学07終了コメント

学長の羊屋白玉さんよりコメントをいただきましたので掲載させていただきます。


douage.JPG

青井さんと岡田君に以下のような御礼メイルをおくりました。

御礼おくれましてごめんなさい。何日か札幌の友人宅におじゃまして
帰ってきました。
演劇大学ではほんとうにありがとうございました。
いまはっきりわかるのは、わたしもふくめて青井さんや岡田君深津君の、
札幌の演出家たちにたいするまなざしというものが、
つくりてとしての姿勢にそそがれていたのだなということです。
シンプルですがとても重要な、大変手間のかかる作業におつきあいして
いただき、
とてもありがたいことです。ほんとうに。
暑い日が続きますがおからだご自愛ください。それではまた。羊屋白玉

というようなもので。
わたしの演劇大学07終了コメントのすべてがつまっているわけで
もあります。
それは 「姿勢」 です。
簡単に言えば、この人といっしょにはなしをしたいかごはんをたべたい
かどうかです。
作品のことなんて、いってみればライバルなんですから、アドバイスは
しても企業秘密は明かしません。


いろんな姿勢がおもいうかびます。
研究発表の中、わたしがいちばん課程と仮定がよくわかったのは、すが
のくんとわかなちゃんで。
翻訳はあえてしませんが、やりっぱなしの発表にしないように留意して
いたと感じました。

打ち上げの席で、深津君がわかなちゃんに「あんまり君のはおもしろく
なかったけどさぁ」と言っていて、
「なにゆってるのかもよくわからなかったけどさぁ」と言っていて、あ
らあらとおもって横で聞いていたんだけど。
「でもなんだかトガっているかんじがいいよ」と言ってました。おぼえ
てる?わかなちゃん。
そんでわたしのこと指さして「ひつじやとは8年くらいのつきあ
いだけど出会ったときはぼくもこいつもトガっててさぁ。。。」とか
いっていると。
なんかそこで青井さんが笑顔で乱入してきて、実は青井さんと深津君と
わたしは劇作家大会の札幌で
「演劇とエロス」というタイトルのシンポジウムで初共演してそれいら
いのおつきあいなんですが、
ただエロ話をしただけなんだけど、内容は控えますが、この人達は信用
できるかもと感じあったきっかけでもあります。

橋口さんは、構造についての書物が、演劇大学ビフォーアフターで理解
がぜんぜん変わったんでしょう?

それらはすごいことだとおもいます。

わたしの言い方だと、三年殺しとか七年殺しとかいいます。

姿勢をくずさないで。とにかく。
とおもいます。そしてわたしも。

そのうち今回の講師の現場に、今回と逆の立場で札幌の演出家がつい
て、いっしょにクリエーションするってのもいいかもしれない。演出助
手ってことではなくてね。俯瞰して比較して現場に発言するの。
演出家は演出しているときは、七転八倒で周りのことがみえにくいのは
あたりまえなんだとおもいます。
これもまた大変かもしれないけど。
どんどん研究は進む。

終わらないんです。

グッドラック!
またタッグを組みましょう。

羊屋白玉
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青井陽治講師 終了コメント

青井陽治さんより、演劇大学終了直後にコメントをいただきましたので
掲載させていただきます。


shinpo2.JPG

札幌の新しい友へ:

お疲れさまでした。
その後、元気ですか?
振返ると、本当に楽しく、演劇のことだけ考えている1週間は、連日2チームの稽古で、重労働なのにストレスの全くない、純粋で幸せな時間でした。でも、帰京して1週間、今になって思いっきり疲れが出て来ているのも事実です。今朝、僕は、バスルームで猛烈なめまいに襲われ、札幌のために死ぬのかと思いましたが、40分程で回復し、予定通り、大阪日帰りで、来年の打合せをして、オペラを見て来ました。大丈夫そうです。

今年の演劇大学で、印象に残っているのは、チームが違っても、参加者が友だち同士で、期間中、お互いの体験を共有し、励まし合ったり、羨ましがり合ったりしていたこと。「良いなあ!」と思って見ていましたが、最終日には、そのあたたかさが、交流会やシンポジウムを成果以上に盛上げていましたね。
広大なだけの東京砂漠(古い言い方ですね!)からの来訪者としては、コミュニティーの小ささと濃密さが羨ましく思えました。
この素晴らしい企画を立てて実現した札幌の若手演出家たち。彼らの演劇に対する態度は熱くひたむきで、その方法論も間違ってはいませんでしたよ。誰かに教わったことがないから、はっきり自信が持てないんでしょうけど、そんなの僕らも同じです。
悩まず、自分を信じて突き進んで欲しいです。あとは、自分を疑い、壊し続ける勇気をなくさないこと。それには、温故知新、勉強し続けるしかありません。俳優さんたちも同じですね。
まあ、今回は、創作の根本と言うよりは、俳優たちと共に、どう戯曲を読み解き、俳優たちの身体に乗せて、観客に届けるのか――そこに、演出家の意識が向っていたので、そこを中心にやりましたが、君たち俳優の適応力はなかなかでしたよ。札幌の演出家たちは、僕が何か言ったり、ちょこっと新しいインプロを挟んだりすると、俳優たちの理解が一気に深まったり、演技ががらっと変化したりするのをびっくりしてたけど、その秘密は、シンポジウムで話した通り。俳優と演出家は、同じ日本語でも、全然違う言葉を使っているのですよ。それさえわかれば大丈夫!  きっと、札幌の演出家たちの俳優に対する物の言い方は、飛躍的にわかりやすくなるはずです。

演出家は、考えること、思うことが素晴らしいばかりでなく、その伝え方が素晴らしくないと。だって、演出家は、直接に演技やものづくりに手を下さないのですから。そのかわり、創造の根源や方向性から手ざわりや細かい技術まで、何でもわかっていて、それを的確に伝えられないと駄目なんです。しかも、たいていの場合、相手は緊張いっぱい、時間はぎりぎりですから、言われて「うれしい!」と思える言い方をしてあげないと。実は演出家もパニクってますから、これはなかなか大変なんです、内緒だけど。
僕は、今年も、白玉さんや岡田さんや深津さんの不器用なまじめさと共にいることが心地よく、札幌の若い演劇人たちも、そこから良い波動を受け止めてくれたと思います。

札幌の演出家たちと、創り手としての姿勢を確かめ合う。それは、本当に大切なことだと思います。そして、演出者協会も、劇作家協会も、そのためにあるのでなくては、と普段から思っていることを改めて強く感じさせてくれたことを感謝しています。
僕たちは、高校の生徒会みたいなデモクラシーごっこなんかやって意気がってないで、少しでもましな演出をしたり、本を書いたりの努力をし、語り合い、情報や知識を蓄積することを一番に考えないと、まずいんじゃないでしょうか?
演劇とその創り手が社会的に認知されることを望むなら、僕たちの創る演劇がおもしろくなることが一番の近道だと思います。社会の一線で働く人が、時間がなくても、疲れていても、どうしても見に行きたいと思う――そういう演劇を創りたいと願います。
それ以外に重要なことなんかないです。シンプル。手間がかかる。当り前です。そういう意味で、札幌は遅れてるけど正常です。だから、僕は、とても好きです、札幌が!

ありがとう!
またお会いしましょう!

青井陽治
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2007年08月06日

岡田利規講師 終了コメント

講師の岡田利規さんより、演劇大学終了後にコメントをいただきましたので
掲載させていただきます。


watanabe&shimizu.JPG
今回は、お世話になりました。
演劇って、ただやっているだけですごく楽しいので、
その楽しさにかまけてしまうことは容易です。
それを絶対的な悪であるなどとは、もちろん思いませんが、
僕はいろいろなことをラディカルに捉え直して先に進むことに
価値を見いだしています。
そして今回の演劇大学に携わった人もまたそのような志向、性向を持っ
ている人であることを望みます。
(だってそうでなければ「大学」になんて来る必要ない。)
要は今後も考え続けること、できうれば結果を出すところまで考えを引
き延ばせること。それができなければ、
今年の演劇大学の日々は、単にいっときの刺激的な日々であったという
ことにとどまるでしょう。
それはそれで意義のあることだったとして、お茶を濁すような感じにす
るのは、とりあえず僕は寂しいから厭です。
期待していますが、過剰に期待すると、がっかりして自分に支障をきた
すので、それは避けたいので、少しだけです。

偉そうに書きましたが、上記コメントは、そのまま、今回の演劇大学へ
のコメントとして
使ってください。

岡田利規
posted by sapporo at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年/感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

演劇大学2007in札幌 終了いたしました。

参加いただいたみなさま

応援くださったみなさま

そしてなにより一日12時間以上

とことん付き合ってくださった

講師のみなさま

まことにまことにありがとうございます。


期間中の報告、写真のアップ等

遅れており「どうなってるんだ!」とざわざわさせて申し訳ございません。

終了後に参加者の一部がばたばた倒れる

たいへんハードで内容の濃い

次年度に確実に繋がる本当にいいワークショップでした。

ゆっくり報告いたしますので

もうしばらくおまちください。



実行委員
はしぐちゆきえ
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2007年08月05日

7月24日(火) 岡田×清水クラス レポート

ルールの中で動くことの退屈さ、そして面白さ

文・脇野定則(ボランティアスタッフ)

サミュエル・ベケットの名を知らない演劇人は少ない。彼の映像用作品クワッドの名を知らない演劇人も少ない・・・と思う。 思うと書いたのは、私が演劇人ではなくて、ただの演劇好きだからだろう。ベケットの名は知っていたけれども、観たことはない(と思っていた)。クワッドという作品名は知らなかった。
でもである、どうやら私は、テレビを通してではあるが、「クワッド2」を垣間観たことがあるらしいし、(岡田ゼミ渡辺クラスの課題)「行ったり来たり」も観ていたようだ。
その事実を、休憩中に清水氏に話したところ、驚かれたのである。どうやら、クワッドの「絵」を観た事のある人間が演劇人の中にも少ない(かも)ということらしい。
驚いた。
「読んでみて分からなくて、観ても分からなくて、初見の人は訳の分からないままに終わるだろうし」とは清水氏の言葉。・・・実際に、私の場合もそうで、2〜3分後には退屈してしまった気がする。清水氏はこうも言っている。「なぜ、(クワッドを)誰もやらないのかわかった。つまらないから」
そんな作品にあえて挑戦し、楽しみながら苦悩し堂々巡りをしながら結論を求める清水氏が面白かった。結局、このクラスに限れば、演出家のためだけのワークショップと言い切っても良いかも知れない。
岡田氏は「クワッドの稽古場を見せてもらっただけで、本当に感謝している」と清水氏を讃えて(?)いた。

そもそもクワッドという作品が何かの説明が要るだろうか。要るとしよう。
4人が正方形の周辺と対角線をすり足に近い歩き方で淡々と同歩調で歩くだけの話である(これを話といって良いかは疑問で、パフォーマンスというべきかも知れない)。
行動のルールは、
1.角に立った人間は、中心に向かって右側の隣角に向かって正方形の1辺に沿って歩く。
2.隣角に辿り着いたら、向きを換え対角へ向かって歩みを進める。
3.正方形の中心では最大4人が交錯するので、右側に一歩ずれて、やりすごす。
4.対角に辿り着いたら、「1.」の行動に戻る。
最初は4人とも正方形の4隅のすぐ外に座って待っている。まず一人が正方形に入り、歩き始める。少しすると2人目が入り、同間隔で3人目、4人目も入ってくる。
しばらくの間、4人は淡々と正方形を歩き続ける。4人の位置は常に(中心から見て)90度の間隔と等距離が保たれている。
やがて、1人、2人、3人と抜けて、最後に1人が回り続ける。これで1シーズンが終了である。
「クワッド1」では4回の入出が繰り返される(4シーズンで1作品)。出演者は色の違うマスクのようなものを被り、打楽器の音にあわせて、静々と歩く。情報が多い分、まだ。何とか観れる。
「クワッド2」というのもある。こちらは、1シーズン分だけで、長さは1/4だが、こっちの方が見るのは辛いと思う。4人とも、白装束で同色、そして音がないのである。
合計で20分程度・・・大丈夫か?観客寝てしまわないか?と思う。

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2007年08月04日

7月23日(月)&24日(火) 岡田×渡辺クラス レポート

大切なのはイメージ、邪魔なのもイメージ

文・脇野定則(ボランティアスタッフ)

ベケットは偉大な戯曲家であるのは疑いようがない。でも、哲学的で、取っ付き難い。それが私の印象である。このクラスで扱う「行ったり来たり」も何となく小難しい感じがしていた。その感覚は、今でも残っている。
ただ、この作品は、もう少し素直に楽しんでも良いかもしれない。そんな印象を持つに至った講義でもあった。

「行ったり来たり」は、3人の女性が椅子に座って進んでいく。時折、誰か1人が席を立つと、残った2人が悪口と思われる内緒話をする。それを繰り返しながら、最後は3人で(一見)仲良く手をつないで終わる。
この女性たちが3人揃う時には無表情で、2人になった途端に表情が現れる。その対象性が印象的な劇である。
台詞も動作も多くなく、時間も数分程度の劇である。
一見、簡単である。
でも、塾生は四苦八苦を強いられていた。
塾生に求められたのは「そこに存在するために必要な、最小限のイメージだけを維持する」ことであった。
言葉にすると簡単である。でも・・・
「そこに存在するて何?」
「必要なのは最小限のイメージだけて何?」
「維持するのに必要なのは何?」
こう書かれると難しさが分かってくるかもしれない。
特に「必要なのは最小限のイメージだけ」という下りである。「だけ」である。少なくても、多くてもいけないのである。そして、その「だけ」を維持し続けなければならないのである。
塾生が、四苦八苦にもなろうというものだ。続きを読む
posted by sapporo at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年/岡田ゼミ・レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月27日

7月25日(水) 青井×すがのクラス レポート

何度も読んで、秘密を抱えていこう。

文・脇野定則(ボランティアスタッフ)


講義のメインは、(台)本読みだった。
塾生は3人。女性が2人に、男性が1人。同性のよしみで男性(彼)の動きを追いかけていく事にしよう。

菅野氏の芝居の1幕を、客席に囲まれた正面のない舞台で試みるらしい。
ひなびた寒村の小さな駅の待合室。男と女と駐在の会話が展開されていく。
3人が3様の過去(秘密)を持っていて、それがお互いの会話にあからさまに絡みついていく。
そんなシーンである。


最初の本読み、彼は待合室の中を歩き回る。言う台詞の中にも幾分かの感情(抑揚)が混ざる。
自分のポジションを確定させようとしているように思った。

360度に開かれた舞台に戸惑う塾生達。どちらからの視線に対して対応したらよいか分からないという。
青井氏がアドバイス「それは逆に言うと、(視線)を気にしなくても良いということ。どちらが正面と言うこともないから、普通に構えてしまえば良い」
この言葉、何気ないようだが、後の集中力の話にかかってくる重いものであった。

菅野氏は、彼が動きながら本を読んだことを捉えて「動くことには目的がある」と言い、それをうけて青井氏が「言葉の本体を語らなければならない。語るために必要な動きだけをすればよい」と継いだ。
更に、青井氏の説明は続く。
「この劇は(時間の加速がない)静かな劇なので、基本的には動かなくて良い。でも、その分、必要な動きはきっちりとしなければならない」
「立ち位置についても、不自然でない距離をしっかりと考える必要がある。同じ台詞でも距離が変わると、ニュアンスが変わってくる。距離を色々変えながら言ってみると、必要なものが見えてくる」
「台詞に、先にニュアンスを付けてしまうと、それが固定化されてしまう。でも本当は、固定化する前に、その台詞の本体を知らなければならない」
「まずは、座っていて、本当に立たなければいけない事が出てくるまで、我慢してじっと座り続けると良い」

台詞の本体を知るために、まずは椅子に座ったままで、棒読みで、本読みを何度も繰り返していこうと言うことになる。
ここから、台詞の本体を知るための、彼の長く辛い苦労が始まるのである。

2回目の本読みが終わる。
青井氏が感想を伝える。
「身体をうずうずさせながらの本読みだったろうが、実は今の方が作家の言いたいことが伝わってくる」
「僕が若い頃は(君たちは下手なのだから)せめて作家の言葉を汚さないで、観客に伝えなさいと言われてきた」
「出来るだけ、フラットにフラットに読んで、そこから醸し出されてくるのを待つと良い。逆に出来るだけ大げさにやって、自分の下手さ加減を知るという方法もあるのだけれど」
菅野氏が続ける。
「棒読みの方が、余計な情報がないので、皆に台詞をしっかりと読もう、聞こうという意識を持たせる」
「(台詞の本質から)かけ離れてしゃべると、観客が本質へ辿り着くことを阻害してしまう」

3回目の本読み。
この辺りから、彼の肩から力が抜けていくのが、未熟な私にも分かるようになる。
台詞が気連見なく私の耳に伝わってくる。
続いて、4回目の本読みを終え、休憩にはいる。

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posted by sapporo at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年/青井ゼミ・レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月25日(水) 羊屋×橋口クラス レポート

文・弦巻啓太(弦巻楽団)





今日は羊屋さんの主導でアップ。

二人一組になって体をほぐし、手首や足首を引っ張る事で寝返りを

起こさせていく。

体がきちんと「脱力」してると気持ち良く回る事ができるようだ。

弦巻も橋口さんに誘われやってみる。

脱力は難しい。

見てて唸ったのは省エネで立ち上がる運動。軽やかで美しい。

理屈はわからないが、人間は「立って」ようとすると不自然に力がはいって見える。

「脱力して」むしろ

浮かんでる・上から吊られてる、等、第三者からの力で

「立ってる状態になってる」ように意識したほうが自然に見える。

寝返りや起立でもその法則が適用できるのだなあと一人納得。



そして昨日までの確認、感想、今後どうしていくかを話し合う。

活発な議論とは違うが、全員自分の意見を堂々と話すようになった感じがする。



この日は前日までの「部屋で生活してみる」をひたすら発展させる。

より抽象的にやってみようと言う事で、

「キッチン」「バス・トイレ」「ベッド」等の場所を「労働」「非共有」「休息」

とイメージに広がりをもたせていく。



初め、参加者に昨日のままの意識が残ってて、

「生活」を「説明」してるような感じになっていく。

ここで橋口さんからディレクション。

「もっと抽象的に。部屋じゃない場所にみえてくような」

「行動をもっと形容詞的に」

こう言った言葉を参加者は手探りで模索していく。



しばらく実践して羊屋さんからも提案。

「エリアに入ってから考えるぐらい動いて。」

そう言われると参加者が「物語」を考えすぎて来てた気もする。

もっと欲求のままに動けと言う事か。

偶発的に出会えと言う事か。

「他者への反応が無いと関係性が立ち上がってこない」とも。なるほど。



全員で一度に思うままトライして、感想を述べ合う。

面白かった所、抽象的ながら印象的だった所をピックアップしていく。

このクラスはどうやら

「ボロロ(ポロロ?)族」の伝承を形にしていくつもりのようだ。

この運動と古代を生きる人との日常のつながりを発見しようという試みらしい。

確かに、さっきまで目にしてたものは原始人に見えなくも無い…。



明日からはいよいよテキストに入っていくのかな?





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7月26日(木) 羊屋×伊藤クラス レポート

文・五十嵐宣勝(ボランティアスタッフ)





今回の夜コースで他の2クラスよりも1時間遅く始まる伊藤クラス。

集まりはじめた伊藤クラスの参加者たち。初日とは少し違う雰囲気。

緊張感を保ちつつも、全体の空気が穏やかなのは、

これまでの3日間の成果からかもしれません。



まずはウォーミングアップから。

ウォーミングアップの最中、初日と動きが何か違うなと思っていたのですが、

初日は受講生の中でばらつきがあった体幹の動きが、

みなさん強化されていると感じました。



その後「ビューポイント」へ。

テクストに沿って「彼」「彼女」の役を割り当ててから開始。

ビニールテープで区切られた表現空間の中で動きながら

自らが欲するときにセリフを発していきます。

受講者たちが作る関係性の形成/乖離は

そこにいないであろう見ている者の空間をも侵食していくようです。



終了後ロビーのモニターでディスカッション。

羊屋さんからビューポイント中での興味深い構図を分析。

自然に起こっていた役割の配分

セリフとポーズがリンクしている/していない

それぞれの位置関係が全体として関係性を表現

ひとつの場面についてより深いディスカッションが、

受講生の側からもなされていっています。



ホールに戻り、なおもディスカッションは続けられます。

主な話となったのは「表現空間への入り方」。

表現空間へはいるには、入りたいという「何か」が準備できたときに初めて起こされる行動ですが、

その時「”ゼロ地点”というフラットな状態で」という伊藤さん。

しかし

「やるぞ!という気持ち」

「寝るときの夢の中にはいるときに近い状態」

「呼吸が整ってから/条件付けられるときはその気持ちの勢いで」

という状態で一歩目を踏み出している受講生。

悩む伊藤さん。

さらに表現空間の中に「その空気が生成されたとき=ゼロ地点に同時に入ってもらいたい」という伊藤さん

そのために拍をとるなど試行してみるもなかなか相関性を見出すまでに至らず、

さらに苦悩する伊藤さん。

しかしその苦悩の表情の裏側から、

演出家イトウワカナの、そして伊藤若菜という個人の新たな萌芽が見え隠れするのは

決して偶然ではないと思います。



この密度の濃い講座も残すところあと1日です。



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2007年07月26日

7月25日(水)青井×すがのクラス レポート

文・鈴木健治(ボランティアスタッフ)




 今日は本読みから始まった。4方向から見られるお芝居という事で、メリットはセットを作らなくていい。壁がいらないというこだそうだ。


 3日後にどういう風にしていくのかの話しあい。当日に向けた練習が始まった。基本セットを作り、セットの中で、読む練習が始まった。



 そこで、菅野さんからまずは上手にセリフを言う事より意味を理解して話すという アドバイスというか注文がでる。


 青井先生からは、静かな演劇のたぐいだから動く必要はない。


 言葉の本体でつなぐ、どうしても動かなければいけない所で動くという解説がされる。





 そして、青井先生とすがのさんの演出が始まる。


 我慢の演技、無駄な動き、無駄な味付け、アクセントをなくすというアドバイスがされた。





 それで演技をしてみる。確かに言いたい事は伝わりやすかった。


 役者は違和感を覚えたみたいだが、青井先生は作家のいいたい事は我慢してやった方が伝わるという解説。


 確かに味付けが入るとわかりずらい。


 そして、タイムを計っての稽古が始まった。





 最後は、お風呂に入ってる事をイメージしてのパントマイム。


 これは、集中力を磨く事、自己開放の訓練ができるという。そこに就職が決まった日など感情表現をのっけるとさらにいいらしい。





 今日はますます演技の深さを知った気がした。
posted by sapporo at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年/青井ゼミ・レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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