2007年07月25日

7月24日(火) 青井×槙クラス レポート

文・五十嵐宣勝(ボランティアスタッフ)



青井ゼミ・槙クラス2日目

今回の槙クラスのテーマは”いかにして自分の言葉でセリフをしゃべるか”。

昔のテクストを用いて”いかにしゃべるか””演劇チックになりがちなのをいかにリアルに見せるか”についての研究です。



用意されたテクストは田中澄江「水のほとりの女」。

配布の後に受講生で読み合わせをするも、現代劇では使われていないその文体・言葉に苦戦。青井さんの本作品の背景やこのテクストで用いられている「気取っていない山の手言葉」の解説に受講者もテクストの世界への手掛かりを何となくつかんだ様子でした。



読み合わせ終了後、

槙さんから「感情を演じることは間違っているのではないか」との発言に、

青井さんは「何かの引き金があってこそ感情が生まれる」のであり、

「俳優は”感情以外のあらゆる要素=行動”を計算していくのだ」と回答。

そのためには、このセリフが書かれた意図を先まで見えている必要があり、

その気持ちをどう掘り起こすかは演出と俳優のテクストの読み取り、

テクストの分析・分解をしていかなければならない、と例示をもってお話になっていました。



休憩ののち、槙さんからの提案で、槙さんがワークショップでやっているメソッドを実践してみることに。受講生が「やりたいことをやる」という自由な感覚で発してみる、その判断は自らが常に行っていく、という槙さんのメソッド。

音段階では自由に発することができるものの、

音をセリフに代えてみると、どうもテクストの「字面」に拘束される受講生。

青井さんから、自分のニュアンスに囚われているという指摘ののち、

言葉の本体とはどういうものか、揺るがないニュアンスとは何か、を見つけるために、

青井さんご自身のワークショップで実践されている、複雑なこと・他の要素を付加したテクスト読みの提案があったところで本日は終了。



終了後しばらく思案したのち、何か思いついたような表情の槙さん。

どういう方法で受講生の言葉を、そして概念を解体していくのか、

その先にある表現はどのようなものなのか、

そしてちずさんの「コンカリの床の雑巾がけがいいな」という願いを受け入れるのか、

明日からのワークショップが楽しみです。



posted by sapporo at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年/青井ゼミ・レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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